金沢まち・ひと会議

| 水曜日 30 3月 2016

きょうの現代美術 第五回

しつこくデマリアの第5弾かな?
今日は、「ハイエナジーバー」についてです。この作品も1960年代半ばの初期の作品です。これはタイトルに素直にデマリアのものの考え方が出てます。つまりこのステンレスバーは、エネルギーを持ってますよ、ということだ。デマリアは、
ものには質量があり、重力があると考えていて、それを作品化している。そういう意味では「ハイエナジーバー」も「ボールドロップ」も同じテーマである。さて、そこで終わる作品ならば、「ボールドロップ」の展開版ぐらいの話で終わる。ところが「ハイエナジーバー」の主要なテーマはそこだけではない。むしろ作品の市場性と芸術の問題に神経が向いている。まずこの作品の販売価格は、1万ドルである。価格の高低が問題ではない、価格が変わらないということがポイントなのだ。転売時も変わらない。何度売っても同じなのだ。つまりこの作品の市場性は変わらない。いやその言い方は正確ではないなあ。「ハイエナジーバー」だけ価格が変化しない。芸術性と市場評価が連動していないのだ。デマリアはもうひとつ仕掛けをしていて、この作品は、何本でも制作できる。実際に何本か存在する。
つまりこれは、芸術の市場性とオリジナルに関する作品だ。
デマリアがこの作品を作って、半世紀になる。デマリアも数年前に亡くなった。現代美術をめぐる環境も異なっている。近年、他の作品とに混ざってハイエナジーバーもオークションに出てくる。そこでの落札結果は、デマリア決めた価格などお構いなしにすごい数字で取引される。作品には証明書がつく。そこには、購入者が転売する場合の条件も書かれており、決して購入時の値段一万ドルを越えたり、下回ったりしてはいけないというルールだ。しかしそんな条件を守る人はいない。みんなが現代美術の市場性とパワーに酔いしれている。